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フィンセント・ファン・ゴッホ

(Sat)

Posted in MJ課題

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フィンセント・ファン・ゴッホ
1853-1890
オランダ

ゴッホの人生はとんでもなく切ない。

自分で耳を切ってしまうなど、精神を病んでいたゴッホ。
その苦悩はフィンセントと名付けられたことから始まったと聞いたことがある。
その名は父方の祖父の名前であり、
ゴッホの生まれる1年前に死産していた兄に名付けられていた名前だった。

同じ名前がたくさんいることに、ゴッホは自分は誰なのか、悩んだそう。

画商で働いてもうまくいかなくて、
両親との関係もうまくいかなくなって、
失恋して、
聖職者を目指しても挫折して.....
唯一の理解者である弟のテオに援助してもらいながら、画家を目指すようになる。


耳を切ってしまったのは、アルルでゴーギャンとの共同生活でのこと。
ゴーギャンとの共同生活にたくさんの理想を描いていたけれど、考え方はことごとく合わず、
それが決定的になって、共同生活は破滅する。

その後、なんども錯乱し、発作を起こし、精神病院で過ごすことが多くなった。

名前の苦悩もまだ終わらなくて、
テオは結婚し生まれた子に愛する兄の名「フィンセント」と名付けた。
ゴッホは嬉しい反面、妻子を得たテオに見捨てられるのではないかと、恐れた。

麦畑で拳銃自殺を図る。
でも、死ぬことも上手くいかず、
駆けつけ泣き崩れたテオに「また失敗しちゃたよ」、「泣かないでくれ。みんなのために良かれとやったんだ」。
2日間苦しみながら、テオに看取られた。

死のすぐ後から、ゴッホの才能は評価される。
それを皮肉に思いながら、
テオは、兄の死に悲しみ苦しみ、錯乱を起こし、半年後、衰弱して亡くなる。

亡くなる直前、狂気の合間に描いた作品が短期間にたくさん残っている。
それらは凄まじく、魅力的だった。
テオへの手紙にこんなこと書いていた気がする。
「絵に全てをかけたから、自分はボロボロになった」みたいなこと。
ゴッホの画家人生は短かったと思う。評価される直前に亡くなってしまうのも残念だったと思う。生きていたら描いていた絵をとても見たかったけど、
でもゴッホの精一杯だったような気がする。頑張った人だと思う。
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